龍の家代表店主、梶原龍太の夢。

私がラーメン屋を始めたのは、平成11年のこと。
久留米市上津バイパス沿いにオープンした「龍の家」1号店は、それまでサラリーマンだった私の人生を賭けた大きな第一歩でした。

九州ラーメン発祥の街、久留米で生まれ育った私にとって、ラーメンは日常の一部といっていいほど身近な存在でした。
昔を思い出す時、父に手を引かれて頻繁にラーメン屋へ通った光景が真っ先に目に浮かびます。

やがて大人になり、サラリーマンというレールの上を歩く人生に迷いを感じ始めた時に私は思いました。「自分の可能性を信じて、何かでっかいことをやりたい」と。その舞台に選んだのが、幼い頃から慣れ親しんだラーメンの道だったのです。

「やるからには一生をかけてやり遂げる。そして絶対に日本一になる。」

その時心に刻んだ夢が、今の私の原動力となっています。




久留米でも博多でもない、俺のラーメン。

ラーメン屋になると決めてから、日本各地のラーメンを片っ端から食べ歩きました。自分の目と舌で確かめ、研究を重ね、たどりついたのが師匠となる河原成美さんの「博多一風堂」でした。
その味にはもちろんのこと、「飲食業を夢のある業界に」と情熱的に語る姿にも惚れ、私はここで住み込み修業をさせてもらうことになりました。

現在の「龍の家」の味を完成させるまで、3年の月日がかかりました。子どもの頃から親しんだ濃厚な豚骨風味を生かした久留米のスープと、修業先で学んだクセのない博多のスープ、両方の良さをミックスできないだろうか。

開店当初は、店に寝泊りしてスープにつきっきりの毎日を過ごしたものです。試行錯誤を経て出来上がったのは、久留米でも博多でもない「龍の家」のラーメン。舌の肥えた久留米の人たちに受け入れてもらえた時、私はほっとしたのと同時に、「これからが本当の勝負だ」と身が引き締まる思いがしました。




日本一多くの人の笑顔に。

『丼から立ちのぼる湯気。麺をすするお客さまの表情。うれしそうな子供の顔。お父さん、お母さんが喜ぶ顔。おじいちゃんが、おばあちゃんが、カップルが…たった一杯のラーメンがつくる幸せな光景』

これは私が一番好きな光景です。その瞬間、私はこの上なく幸せな気持ちで満たされます。

有名店がひしめく久留米から「日本一になる」というでっかい夢を掲げて出発した「龍の家」は、おかげさまで全国に店舗を展開できるまでになりました。
若さに任せてがむしゃらに走り続けてきた私に、本当の意味での「日本一」を教えてくれたのは、お客さまの笑顔でした。子供の頃、父に連れられて行った店で、おいしいラーメンを食べた時の幸せな気持ち、それが私の夢の原点なのだと。

「龍の家」のラーメンを食べに来てくださって本当にありがとうございます。日本一多くの人の笑顔を見るために、私たちはこれからも頑張っていきます。




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